2005年02月10日

企業経営におけるマジックの背景〜Disney Magic

ディズニーの経営といえば、まず多くの人が思い浮かべるのがテーマパークにおける顧客満足の追求と、その成果である高いリピート率ではないだろうか。
日本においても、東京ディズニーランドの人材育成や人材活用に関する書籍は何種類も出ており、ディズニーのアニメーション映画やショーに関心はなくても、その経営におけるマジックには大いに惹かれている方も多いに違いない。
本書「Disney Magic:Business Strategy You Can Use at Work and at Home」は、世界最初のディズニーテーマパークであるDisneylandを創り出したとき、Walt Disneyが考え、実践した数多くの”マジック”を、読者が仕事だけでなく家庭でも応用できるように解説している。

著者のRich Hamilton氏自身、20年以上にわたるディズニーテーマパークの愛好者であり、エンターテインメントとしてのテーマパークと、ビジネスのヒントにあふれた研究対象としてのテーマパークの両面への関心から毎年のように訪れている。
このため、職業ライターが数回パークに通い、適当にインタビューなどをして書き散らしたかのように思える書籍と違い、著者自身の経験に基づく記述が実に活き活きとしている。また、最終章だけではあるが、ディズニー社がそのマジックを自ら放棄し、結果として失敗を招いた事例にもきちんと言及されている。
ともすれば、ディズニーに関する本はディズニー礼賛に終始するか、正反対にディズニーの負の部分だけをクローズアップした暴露本のようなものに陥りがち(特に日本ではそのような傾向が強いように思える)だが、そうした本と一緒にすべきではない。

Disneyland(およびWalt Disney World)の運営におけるマジックの表れとして、たとえば来場する客を「ゲスト」と呼び、従業員を「キャスト」、パークを「ステージ」とする呼称はよく知られている。あるいは、新たに加わったキャストにディズニー・スピリッツを伝えるための教育、ゲストからの賛辞や場合によっては苦情を広く知らせる手法なども、幾多の書籍で紹介されているとおり。
これらのディズニーの手法について、一冊でもまとまった本を読んだ経験があれば、おそらく本書で紹介されている情報のほとんどは既知のものだろう。
こうした広く知られている手法のひとつに「ストーリーボード」がある。

読んで字のごとく、これはWaltがアニメーション作品を創る際に、絵コンテを場面ごとに壁に貼り付けていき、アイディアを出し合い、全体をまとめていった手法をさす。
Disney作品について紹介するテレビ番組などでは必ずといって良いほど採り上げられるもので、壁を覆う巨大なボードに単行本ほどの大きさの紙に簡単な絵と台詞が書き込まれたものがびっしりと貼り付けられ、数人から十数人のメンバーが討議をする場面をご覧になった方も多いだろう。
著者も主張するとおり、この手法はアニメーションやテーマパークづくりにだけ活きるものではなく、たとえば企画書を書く上でも大変役立つものだ。
私は企画書づくりのほとんどをPowerPointで行うが、まずは伝えたい内容を一行ずつ書き入れた白紙のスライドをたくさん作成し、それを組み合わせたり入れ替えたりしながら全体の流れを決めていく。
この手法は、別に私のオリジナルというわけではなく、たとえばCliff Atkinson氏の「Beyond Bullets」でも同様の手法を、やはりディズニーアニメーションの制作過程とのアナロジーで紹介している。
あるいは、それぞれ単独のメッセージを書き入れた紙片を貼りだし、組み合わせながら全体の構成を考える手法と聞けば、川喜田二郎氏の「KJ法」を想起される方も多いだろう。

テーマパークや長編アニメーションといった、ディズニーによる独自の創造物を見ると、これらを構想し実現したWalt Disneyという人物の天才性が際だって見える。事実、私はWaltという人は大変な天才だと思う。
しかし、そのマジックの背景にあるのは、実際には余人には思いもよらぬアイディアというより、しっかりと考えればたどり着ける事柄を徹底した実践したものであることが多い。
上記のごとく、ストーリーボードに類した考え方は他にもあるし、従業員の教育法やストーリー性を持たせたテーマパークのアトラクションづくりなど、必ずしも天才Walt以外には構想すらできないものではない。しかし、それを実際に動かし、システムとして組み立てるには、重要なこととそうでないことをきちんと優先順位付けできる思想こそが重要だ。Waltはその点において天才だった。
事実、Micheal Eisner体制となった現在のディズニー社が、Waltが実践した考え方を忘れた結果として招いた失敗(Walt Disney Worldにおけるアトラクション「Rocket Rod」の導入失敗や、カリフォルニアにおける第2テーマパーク「Disney's California Adventure」の不人気)は、テーマパークの完成度やクリエイティビティよりも予算の制約を優先させた意思決定ミスに起因している。提供する商品やサービスの完成度への徹底したこだわりを捨てたディズニー社は、平凡なエンターテインメント産業に過ぎない。
Eisner氏が昨年その権限を手放さざるを得なかったのは、ディズニーをディズニーたらしめた思想よりも、銭勘定を優先させた当然の結果だったといえるだろう。
(もっとも、私はHamilton氏と同じく、失敗といわれる「California Adventure」をかなり気に入っているのだが)

本書は極めて平易な英文で、しかも100ページ程度の非常に手軽な本だ。しかし、しっかりと読めば、ディズニー社のマジックを成立させたものがなんであったのかをしっかりと記述している(その上で、個々のマジックの表現である手法を個別にテクニックとして紹介することを肯定するかどうかは読者の判断だろう)。
マジックは手法にあるのではなく、それを構想し、実践する人の価値観とその共有の中にある。

 Disney Magic:Business Strategy You Can Use at Work and at Home
 Rich Hamilton著
 Sellbetter Tools刊

Posted by dmate at 2005年02月10日 20:47 | TrackBack
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