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個人情報〜利便性とセキュリティの両立

Amazonのおすすめリストは実に良くできた仕組みだと思うが、ときおりいらだたしくなることもある。
以前、塩野七見氏の「ローマ人の物語」のひとつをウィッシュリストに加えていたところ、他の巻がおすすめリストに次々と入ってくる。本自体は他の書店で購入していたので、”持っています”を次々にチェックしたところ、今度はおすすめの上位が塩野氏の他の著作で埋め尽くされるという事態に。「ローマ人の物語」は文庫版だと16冊出ているので、すべて購入している私は相当の塩野ファンとに判定されたわけだ。だが、私は「ローマ人の物語」は好きだが塩野氏のファンというわけではない。あまりに鬱陶しくなったので、「ローマ人の物語」をおすすめに影響させないよう、ひとつひとつ設定を変更して私のおすすめリストは平常に戻った。
Amazonのおすすめ機能が抱える最大の限界は、私が関心を持ち、評価している本なりCDなりをすべて登録しないと、まともなリストは提示されないということだ。当然だが、そのためにはすべての購買をAmazonで行うのが簡単だということ。それがAmazonの望みかもしれないが、顧客としてはそんなふうに店に縛られる必然性もメリットも薄い。一方で、質の高いおすすめ情報はほしい。
これを解決すべくRichard T. Watson氏が提示するのが、HBR（Harvard Business Review）の2004年11月号に掲載された「I Am My Own Database」だ。

CRMが流行して以降、エンドユーザーに購買頻度の高い商品を販売する企業はこぞって顧客データベースを構築している。顧客の購買履歴からその購買頻度や嗜好を把握し、効率よく次の商売に結びつけようというわけだ。
だが、上述の通り、顧客はその店だけでモノやサービスを購入しているわけではない。むしろ、複数の店を目的や状況に応じて使い分けているのがほとんどだろう。店のデータベースに登録されているのは、私のごく一部に過ぎないのだ。そこから導き出されるおすすめ情報は、必ずしも魅力的なものではない。
企業の側にとっても、大きな投資をして構築したデータベースが不完全な結果しか吐き出せないとするなら、よりよい結果を求めるのは自然なことだろう。

ならば、ということで、本稿が提示する解決策が、顧客自身が自己の購買履歴をデータとして持ち、店頭など購買を検討する際にそのデータを開示しておすすめ情報を得るという考え方だ。
おすすめ情報を得る上では、顧客の氏名や住所などの情報は不要だ。CMIによる購買履歴は個人特定されることのない単なる購買履歴データとしてのみ提示される。購買履歴同志をつきあわせておすすめ情報を提示するには、それがあれば十分なはずだ。
著者を含むのだろう研究グループは、これをCMI（Customer-Managed Interaction）と名付けている。なお、この研究のきっかけとなったのは、1997年にHBRに発表されたJohn Hagel氏とJeffrey Rayport氏による論文（「The Coming Battle for Customer Information」）ということ。Rayport氏はすでに紹介した「Best Face Forward」の著者の一人だ。

顧客情報をもっとも正確に把握しているのが顧客自身であるのは確かだ（もちろん、潜在需要までを把握しているわけではないが）。一方で、多くの市場データから、顧客に新たな価値を提示できるのは企業の側であることが多い。
これまでのCRMでは、このマッチングを企業内に存在するデータのみで行わざるを得なかったために、少なからずの齟齬が生じている。Amazonのおすすめ情報よりも、関心領域や知識レベルが合致する他ユーザーのリストのほうが参考になる、という方も多いだろう。
CMIが実際のサービスとして動き始めれば（たとえば、個人の購買履歴情報を受託管理し、必要に応じて必要な範囲を提示するサービスの成立）、私たちは自信のプライバシーを守りながら、質の高いおすすめ情報を得ることができるわけだ。
企業の側も、本来のビジネスの競争力、すなわち価格や納期、顧客への対応力などでの競争に資源を集中投下できるわけだ。顧客データベースのような金のかかるものに、企業は好きこのんで投資しているわけではない。むしろ、開示された履歴情報に最適なおすすめを提示する部分に、競争優位のポイントは移るわけである。

本稿はまだアイディアの段階で、記事としてもA4で2ページと極めて短い。
だが、顧客と企業との関係や、個人情報の管理と利用に関して、非常に可能性に富んだ提案であると思う。