2005年01月30日

当たり前の活動をシステム化する意味

HBR(Harvard Business Review)の2004年9月号の記事より、Dorothy Leonald氏とWalter Swap氏による「Deep Smarts」を取り上げる。
ここで展開されているのは、私にとっては「何を今さら」という事柄に思えた。おそらく、日本の企業で働く多くの方々にとっても同様ではないだろうか。

経験や状況判断力に基づいた個人のノウハウやスキルは、極めて柔軟性に富み、応用の範囲も広いものだ。その人の物事のとらえ方や判断の基準など、思考の深い部分にしっかりと組み込まれたものだけに、異なるシチュエーションにあっても正しい判断を下すことができる。教室や書籍から輸入したばかりの知識やノウハウでは、必ずしもこうした柔軟性は発揮されない。
こうした知識を持つ人々は、多くの場合職場でも一目置かれ、頼りにされる存在だろう。いわゆる”できる人”の多くは、この経験や実践に裏打ちされた深い知恵の持ち主だろう。これを本稿では"Deep Smart"と呼んでいる。

こうした知識は、パワーポイントのスライドに書き表したり、イントラネット等で展開されるナレッジマネジメントのシステムからダウンロードして身につけられるものではない。
こうした知恵の伝達は、現場において、その知恵が発揮される場を共有する中で皮膚感覚で行われてきた。いわば、師匠と弟子が仕事場で共同で作業を進める中で、教えるともなく”学ぶ=まねぶ”ものであった。
日本の企業で実践されている”OJT(On the Job Training)”とは、こうした知の伝達であることが多い。OJTといっても、多くの職場では特定のカリキュラムや手順があるわけではなく、先輩や上司との同行の中から仕事のコツや呼吸をつかむ、それが日本流のOJTではないだろうか。

本稿では、Deep Smartの伝達は、直接対面で、時間をかけてゆっくりと進めなければ不可能であるとする。
この主張が英語圏の読者にとってどの程度の新鮮味をもつのかはわからないが、少なくとも私にとってはごく当たり前のことに過ぎないのは上述の通り。むしろ、組織内での教育や人材育成を考える人々の多くが、こうした属人的で時間がかかり、しかも成果予測やコントロールの難しい育成方法を、なんとか定型化・ルーティン化できないかと悩んできたのではないだろうか。

かつて日本型経営システムが賛美された時期、アメリカ企業やコンサルタント、あるいは経営学者は日本企業で日常的に行われてきた活動の特徴、たとえば大部屋でのコミュニケーションや境界の曖昧な分業体制といったものを持ち帰り、システム化して新たな強みとしてきた。
IT革命で実践された事柄の多くは、新しい道具を使っての日本型経営システムのアレンジであったとさえいえる(もちろん、そこには従来のアメリカ型の経営やヨーロッパなどから採り入れた要素が混ざり合い、ハイブリッド化されているので、日本型経営システムそのものとはいえない)。

私が関心を持ったのは、本稿のような私たちにとってはごく普通の人材育成方法が、おそらくどんどんとシステム化され、新たな道具や制度と組み合わされることによって、より強固な競争力の源泉となって立ち現れてくるのだろう、という点だ。
すでに本稿ではDeep Smartの伝達をいくつかのフェーズに分解し、各フェーズでの達成できる内容や限界についても記述されている。本稿著者による同名の書籍「Deep Smarts: How to Cultivate and Transfer Enduring Business Wisdom」が今年の1月17日に発売されているが、おそらくその中ではより詳細に分析され、システム化されているのだろう。そして、近いうちに日本への逆輸入がなされるのだ(ちなみに、すでに大手町のOAZOにある丸善でも平積みされている)。
日本ではまだまだ企業での実践と経営学との結びつきは強くなく、本来ならば日本発の経営ノウハウともいえる要素でも、アメリカでの理論化・体系化の後に輸入されるケースが多いように思える。このテーマにしても、野中郁次郎氏による研究への評価がベースにあるのは間違いないが、結果としてシステム化・定式化して経営の場に持ち込むところではアメリカの強さ、うまさが感じられる。
本稿を読み、こうした状況を放置するのではなく、日本からの経営や組織運営のノウハウや枠組みの発信をもっと増やしていくこともまた、日本の競争力を高めるためには大切なのではないか、と強く感じた。

なお、本稿の日本語版は日本語版「DIAMONDハーバード・ビジネス・レビュー」の2005年2月号に掲載されている(タイトルは「ディープ・スマート:暗黙知の継承」)。

Posted by dmate at 2005年01月30日 19:13 | TrackBack
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