以前、「HPO:個人的な意見」でひできさんによる書評を拝見して記憶しており、先日、初心者向けに決算書読み取りの書籍を推薦する必要があって購入、読了した。
ひできさんは、著者のセミナーを直接聞いており、本書だけを読んだ私とは印象がかなり異なるであろう(著者からその考え方や背景を説明されれば、本には書かれていないいとまで読めてしまうのだから)ことは間違いない。本書だけを読んでの私の感想は、表題の通りである。
決算書分析を解説する本は多い。
これからは計数管理の知識は欠かせないからと書店にでかけても、店頭で途方に暮れてしまうほどの量だといっても良いだろう。しかも、どの本も”我こそはもっとも平易で理解しやすい、初心者向けの本なり”と主張している。生来の天の邪鬼の私などは、”もっとも難しく50人に一人しか読み通せないが、正しい本”くらいのものはないのかと探してしまうほど。
前のエントリでも書いたとおり、私は冒頭からいわゆる経営指標の意味と数式を書き並べた解説書をお薦めしない。テキストは授業で使うものであって独習向けではないのだ。こうした受験参考書型の本を読んで苦痛にならないとすれば、すでに初心者向け解説書などは必要としない読者だろう。
本書は、私がパラパラとめくっては数分で”却下”する類書と比較すれば、かなり良心的に編纂されている。
まずは決算書を読むことと経営の分析との違いを明示した上で、決算書の数字の読み方について初歩から解説を進めている。初心者にも理解しやすい例えを使いながら、あまり専門的になることなく経営指標に導く構成にはかなりの工夫の跡が見られる。
しかし、今回私は本書を私のセミナーの(とはいえっても、社内の研修なのだが)受講者には推薦しなかった。理由はふたつ、初心者に理解しやすくするための例えが、必ずしも適切ではないこと。そして決算書分析をする上ではまったく不要な用語やら概念を並べてしまっていることである。決算書についての知識を得たいと思っているビジネスパースンを対象に書くのであれば、まったく不要と思われる記述が、しかも重要な前半部に散見されるのだ。
読み始めた途端になにやら暗記科目の履修を命じられたかのような居心地の悪さを与えてしまうという点では、世に多く出ている類書の例に漏れていないのだ。
本書の価値を本当に評価できるのは、初心者ではない。むしろ、決算書に表れる数字の重要さを理解し、しかしその詳細までは理解し切れていない読者だと私は思う。そして、なによりもさまざまな概念について駆け足で解説されても、抵抗なく受容できる人だ。
その意味で、”1日で基本が身に付く。誰でも会社の実態が見える! 知りたいことがすぐわかる”という長ったらしいサブタイトルは、本書の内容とは乖離したセールストークと理解すべきだ(こうした無責任な宣伝文句の多くは、著者のあずかり知らぬところで勝手に付加されているものなので、一概に著者の責任とはいえない)。
もしこのエントリを読んでいるあなたが、会計について聞きかじり程度の知識はあり、本を読んで重要な部分と雑音とを分別できるなら、本書は基礎的な概念をおおざっぱにつかむために適切なテキストとなるだろう。
しかし、もし会計については初心者で、まず最も重要なところから順に理解していきたいと思っているならば、本書は不適切と思う。私としては、次にエントリする「世界一やさしい会計の本です」をお勧めする。
経営分析の初歩が面白いほどわかる本
市川利夫 著
中経出版