2004年09月03日

入門にも、そしてサブテキストにも〜「マーケティングゲーム」

久々に手にとって奥付を見たところ、2002年の春に買っているようだ。読了後本棚に置きっぱなしだったのだが、会社の研修での副読本として推奨されていたので、再読した。
初回にも感じたことだが、本書はマーケティングを最初に学ぶものにとっても、ある程度基礎知識を身につけたあとでの応用編を望む読者にとっても、極めて優れた一冊だ。読みやすく、親しみの持てる事例にあふれ、しかも成功のためのポイントがまとめられている。

書店で悲しくなることというのがいくつかあって、たとえば写真やカメラ関係の雑誌が、”男性誌”のコーナーで肌もあらわなグラビアアイドルの写真が満載された雑誌と並んで置かれているのを見ると、痛くもない腹を探られている気になってしまう。
同様に悲しいのが、ビジネス書コーナーの”マーケティング”の棚だ。そこに並んでいるのは、数冊のマーケティング関連書籍を除いては、営業マンの心得だの販促用のPOPのノウハウ、イベント開催の知恵といった、セールス&プロモーションの関連書籍であることが多い。さすがに大型書店ではそうでもないのだが、ビジネス街に立地する書店でも、未だにマーケティングとは販売促進の要素として扱われている。
そもそも、マーケティングというもの、定義がいくつもある上にカバーする範囲が極めて広く、わかりにくいことこの上ない。突き詰めてしまえば企業の(あるいは各種の組織の)全てがマーケティング活動ということになってしまい、結局実感としてはわからないまま、ということが多いのではないだろうか。

とはいえ、どの業界でも供給が需要をはるかに追い越し、本の小さな差別化をねらって企業がしのぎを削る時代、マーケティングは多くのビジネスパースンの関心の的になっているようだ。
書店で山積みになっている関連図書の量からも、あるいは各種の企業内研修業者がこぞってマーケティングのコースを強化していることからも感じられる。
けれど、上述の通りマーケティングを名乗っているにもかかわらず、内容は旧来の販促活動や販売活動の解説であることも少なくない。マーケティングの勉強をしよう、と書店に飛び込んだは良いが、書棚を前に呆然となってしまった方も少なくないだろう。

とはいえ、どの分野にも間違いのない本というのはある。
マーケティングでいえば、やはりフィリップ・コトラーの一連の書籍は基本として押さえたいものだし(というわけで、件の研修の正式テキストは、「コトラーのマーケティング・マネジメント基本編」で、私が5ページ/時というのろのろとしたスピードで読んでいる「A Framework for Marketing Management 2/e」はその原書なのだ)、マイケル・E・ポーター、セオドア・レビットといったところは、やはり押さえておくべき。これらの高名な学者の本を下敷きに、わかりやすく解説していると称しているものがいくつも出ているが、私はお勧めしない。マーケティングが極めて広範な活動を対象とするだけに、省略は危険なのだ。しかも、コトラー他の著作は解説書が必要なほど難解なものではない。
何事もそうだが、基礎をおろそかにしたまま付け焼き刃で臨んでも、身には付かないもの。質の低い解説書を3冊読む時間で、1冊の名著を読むべきだと私は思う。

さて、本書についていえば、マーケティングの基礎理論や基本的な用語を学ぶには適していない。
しかし、あえて私が入門にも適している、とする理由は、その活き活きとした事例の豊富さにある。著者はコカ・コーラやディズニーなどでマーケティングに携わった実務家であり、数々の経験からマーケティング活動についての極めて豊富な知識を蓄えている。しかもそれらの事例をマーケティングの基礎に基づいて、一貫性のあるセオリーに仕立てる力を持っている。
特に後者が大切で、私が数多い”マーケティング入門”をお勧めしない理由は、理論部分はコトラー他のものをイラスト付きで紹介するだけ、他方で事例は事例としてただ並べておくだけ、相互の関係や事例から一般化できるセオリーなどは、まったくないか、おざなりのものが多いからだ。
本書を読むにあたって、マーケティングの基礎知識を持っているに越したことはない。自身の理解しているフレームワークに、本書の事例やセオリーをきっちりと組み入れることができれば、その人のマーケティングに関する理解はさらに強固なものになるだろう。
けれど、まったく事前の知識を持たない読者にとっても、本書はマーケティングの考え方やそのステップを自然と身につけることのできる、非常に優れたものだ。むしろ、中途半端に知識を持たない方が理解しやすいかもしれない。

マーケティングは実務の学問であり、さまざまな分析手法や思考のフレームワークが開発されている。たとえば、有名なマーケティングの4P(Product, Price, Promotion and Place)や、BCGマトリックス(”金のなる木””負け犬”というあれのこと)や、プロダクト・ライフサイクルなど、実に多様だ。
これらのひとつひとつを、状況に応じてどう組み合わせるかが実務上のテクニックなのだが、それぞれの相互関係やら位置づけやらを全て理解しようなどと考えると、とても前には進めなくなるものだ。
本書の良いところは、こうした各種のフレームワークを直接は使わず、親しみやすい事例から得られるセオリーを、マーケティング計画の順にしたがって解説しているところだ。したがって、マーケティングの理論部分やさまざまな手法の前で立ち往生してしまった読者でも、非常にスムーズに読み、理解できるはずだと思う。

 マーケティングゲーム〜世界的優良企業に学ぶ勝つための原則
 エリック・シュルツ著 足立光・土合朋宏訳
 東洋経済新報社

Posted by dmate at 2004年09月03日 21:52 | TrackBack
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