2004年08月02日

華麗な「もうひとつのスペイン史」〜「物語カタルーニャの歴史」

スペインの歴史についてはいくつか読んできたつもりでいたのだが、「カトリック両王」から「女王ファナ」を経てカール5世によるハプスブルク世界帝国の成立にいたる、いわばスペインがヨーロッパ随一の強国になっていく課程で消えた「アラゴン・カタルーニャ連合王国」についてさほど注意を払わずに来たことは、注意力の欠如といわれても仕方がない。しかも、私が読んできた多くの本でのカトリック両王とは「カスティリアのイザベル」と「アラゴンのフェルナンド」と表記されていたように思う。

たしかに、15世紀中盤においては「アラゴン・カタルーニャ連合王国」の君主はすでにバルセロナ伯爵家、つまりカタルーニャの手からは離れており、「カタルーニャ王国のフェルナンド」とは言い難いのだろうが、この時期までに地中海地域での覇権を確立してきたのが主として「カタルーニャ王国」の功績によるものであることを思うと、いささか歴史の記述は公平を欠くように思える。
本書は数少ない「カタルーニャ王国」の歴史解説書だ。著者自身が明記しているとおり、物語として、あるいは入門書としての性格から、記述は正確性を期すというよりは想像を交えつつもこの王国のたどった道筋を概観できるようになっている。

バルセロナ・オリンピックの以前からスペインでもっとも著名な建築物といえば「サグラダ・ファミリア教会」だったし、金でスター選手を集めるレアル・マドリッドに立ち向かうのはバルセロナの役どころ、フランコの反乱に対して国際義勇軍が雄々しく戦った舞台もまたカタルーニャ、私の持つイメージとしてはカタルーニャはマドリッドを中心とするスペイン社会の”反体制派”だ。スケールは少し違うが、東京に対する関西のようなものか(我ながら貧困なイメージだが)。
私はこれまで、カタルーニャが”かつて独立した王国だった”ことは知っており、上記のような中央に対立するイメージはかつての独立国としての誇りやマドリッドへの反骨心にようなものと勝手に解釈してきた。確かに単純化すればその通りなのだとは思うが、カスティリアよりもはるかに強大な勢力を持ち、一時は地中海の制海権を獲得したとさえいえるほどの隆盛からは、”こちらがそもそもこの国の中心”と考えても自然なほどだ。

私たちは歴史を見るとき、どうしても現在の強国を軸に整理をしてしまう。
特にヨーロッパについては、フランク王国の分裂の段階で「フランス、ドイツ、イタリア」の原形ができてしまったように見えること、そして島国であるイギリスは実態はどうあれずっとイギリスであったように見えてしまうことなどが、私たちを錯覚させるのだと思う。同じように、「スペイン」はずっと今の「スペイン」のままで、たまたまイスラムの支配下に入っていただけなのだと思いこむと、「アラゴン・カタルーニャ連合王国」の栄光はどこかに消えてしまう。
私は歴史の副教材である”図表付きの年表”を眺めるのが好きだった。8世紀、12世紀、17世紀と、さまざまな時代の世界地図を見ると、今私たちが知っている世界とはまったく異なる勢力図が描かれているのが新鮮だったのだ。おそらく、13〜14世紀のヨーロッパ地図を見れば、「アラゴン・カタルーニャ連合王国」の広大な勢力範囲が見て取れるはずなのだろう(あまり印象に残っていないということは授業ではさして大きくは採り上げられなかったのだろう)。

ヨーロッパは続いた土地にいくつもの王朝や勢力圏が盛衰を繰り返したため、地域ごとに国家への帰属意識に大きな違いがあるようだ。「最後の授業」で有名なアルザス・ロレーヌなどは結局のところドイツなのか、フランスなのか、簡単に規定はしにくいのだろう。
また、私たちが思うほど国民国家としての体裁が早くから整っていたわけではなく、あの有名な「英仏百年戦争」が、”イギリスとフランスという国民国家の戦争”などではなかったことが、「英仏百年戦争」(佐藤賢一著・集英社新書)でも語られて話題となった。
もちろんアジアにしても同様で、たとえばチベットは常に”中国の一部”ではなかった。このあたりは、王朝交代や被支配といった歴史がないままに日本列島にとりあえず統一国家らしきものを(北海道は相当あとだが)形成してきた私たちの歴史感覚とは、ちょっとなじみにくいものなのかもしれない。

ともあれ、スペインが今の形になる課程で”忘れられた存在”とさえいえるカタルーニャの歴史について、本書は絶好の入門書といえる。
これでスペイン関係で3冊を読了したが、この中公新書の「物語〜の歴史」シリーズはかなりおもしろく読むことができている。次はどれにしようか、思案中だ。

 物語カタルーニャの歴史〜知られざる地中海帝国の興亡
 田沢耕 著
 中公新書

Posted by dmate at 2004年08月02日 22:47 | TrackBack
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