2004年07月01日

多様性の喪失は企業を殺す〜「ビールの力」

私は何度か書いているとおりのビール好きだ、残念なことにもともとアルコールには強くないほうなのであまりたくさんは飲めないのだが、おいしいビールと一生つきあっていきたい。
けれど、私がビール好きになったのは、ホンのここ数年の話だ。もともと酔っぱらって騒ぐための酒席は好きではなかったし(私は酔うとすぐに眠くなるほうなので、宴会では眠いか、酔っていないかのどちらかなのだ。こんな状態で乱痴気騒ぎに参加するのはけっこうホネだ)、ビールは無理に飲まされるには最悪の酒だ(だってほら、発泡しているから無理に飲み込むと戻ってくるでしょ...)。
ビールの消費量が増えたのは、転勤で夏場はとても暑くてじめじめした気候の土地に住み始めてから。駅から15分ほど歩いて帰宅すると汗びっしょりで、国産大手メーカーのビールがとてもおいしく感じられる条件が整ってしまったのが理由だ。その土地からはまた引っ越したが、ビール消費量は一向に減っていない。

これだけなら、まあ普通に「とりあえずビール!」なのだが、嗜好が変わってきたのは何度かのフロリダ旅行がきっかけだ。フロリダといっても行き先は一箇所、オーランドにある「Walt Disney World」で、私は新婚旅行も含めてこれまでに4回でかけている。
たしか2回目の旅行で、ホテルに戻るのが遅くなってちょっとビールでも飲みたいね、という話になり、売店で買ってきたのが「Bass Pale Ale」だった。アメリカでビールといえばバドワイザーやミラーといったライトビールしか知らなかったし、日本のビールだって似たようなものだったからこの味には驚いた(Bassは英国のメーカーだが)。苦いだけではなく、甘みや酸味などしっかりとした味わいがあって、しかもなんともいえない香りが上がってくる。”ビールはグラスについで飲まなきゃダメ”ということが初めて実感として理解できたのは、このときだったかもしれない。
この旅行では、リゾート内のビアレストランで何種類かのビールを楽しんだり、他の店では「Samuel Adams」「Boston Lager」に触れることもできた。1999年から2000年にかけての年末年始のことだった。それまでにもときおり「地ビール」を飲む機会はあったものの、たまに飲むちょっと変わったビール、という程度の認識だったのだが、この旅行を機に日本における「地ビール」は実のところ世界中にある「本物のビール」を手本に作られているものだと理解できたのだ。

さて、本書の著者はビール好きが高じて自身でも「ビアライゼ」というマイクロブリュワリーを設立してしまったかたである(その後、事業を売却してコンサルタントに転換されたとか)。それだけに、世界中の(といっても、もちろん欧米中心だが)さまざまなビールを飲み歩き、その魅力に心底惚れ込んでいるのが良く伝わってくる。本文中に「デュンケルは好きかい?」と問われて「嫌いなビールなんてありません」と応じる場面があるのだが、すぐにこう切り返せるほどビールが好きだ、といえるかたは決して多くないのではないだろうか。
以前にも書いたが、日本の大手メーカーによるビールは極めて同質化が進んだ商品だ。ほとんど差別性のないコモディティであるとさえいえる。いずれもがピルスナーで、複雑な味わいをフィルターで取り除き、のどごしだけを追求したような金太郎飴のような商品、それが日本のビールだ。それゆえに、値段の安い発泡酒が登場すれば消費者はあっという間にそちらに流れてしまう。ビール会社にしてみれば国に納める税金が減っただけで利益は減少せず財務上は問題ないのだろうが、自身が造ってきた商品が”冷やして飲む発泡性のアルコール飲料”にすぎないことを自ら証明してしまったようなものだ。
ビール会社の技術者にしてみれば、日本の消費者は本格的なビールの味を知らないとでも嘆きたくなるかもしれないが、その消費者を作ってきたのは他ならぬ大手ビール会社と法外な税金をかけ続けている政府だ。税金を除けばビールはコーラやオレンジジュースよりも安いもので、大量生産大量消費によりコストダウンをしなければ商品として成り立たない。それゆえ、大手メーカーには万人受けする無難な商品しか作ることはできないし、さらにいえばコストダウンの結果としてできあがったビールを「喉越しの素晴らしいキレのある味」などといった宣伝文句に乗せて、日本人のビールの嗜好そのものを商売にあわせて操作することまでやる(もちろん、悪意を持っているわけではなく、あくまでも商売の効率追求の結果そうなったというだけの話だろうが)。

著者のビールに対する思い入れは、ときには過剰な使命感とも映る。一緒に飲んでいると説教されそうな気分だが、本書から伝わってくるのは使命感だけではない、著者の行動はビール造りを事業として成り立たせるオプションの提案でもある。
大手メーカーによる効率と商売の追求の結果、そんな画一的なビールさえ発泡酒に取って代わられようとしている。味わいも何もない、ただ辛くて炭酸の効いた”ドライな”ビールを普及させた結果、それは他の材料によって簡単に代替できるものになってしまったのだ。ビールメーカーは巨大企業となり、さまざまなスポーツイベントに協賛するなど私たちの生活を豊かにしてくれる存在であることは確かだが、一方で、肝心のビールについては食文化とさえ呼べない貧しく画一的な商品を送り出すだけの存在だ。広告宣伝に頼り切った競争しかできないのは、教科書的に語られる”ビールは成熟産業だから”ではない。多くの可能性の中から、メーカー自身が商品の多様性や差別性という選択肢を捨て去ったからに他ならない。そして、それを後押ししているのが税制であることは間違いないだろう。一方で、その対極にある地ビールも、事業として成立しているものは多くないだろう。商売にならないのにビールを造るのでは自家醸造と同じだ。
著者がブリュワリーを売却してコンサルタント業となったことに、結局はビール造りを商売としてみていないのではないかという見方もできるだろう。しかし、過剰な使命感の一方で、マイクロブリュワリーがしっかりと事業として成り立つことを示した実例ともいえる。多くの”地ビール工場”が独自性の打ち出しと販路の拡大に苦しみ、レストランを併設しての自家消費に頼らざるを得ないのは、日本人の嗜好の問題だけでなく彼らの経営者としての能力の問題でもある。
著者は、日本の税制や流通の規制、大手ビールメーカーの姿勢などを批判すると同時に、なにか一村一品の名物をでっち上げる感覚で地ビールに乗り出し失敗する”地ビールブーム”の問題にも目を向けている。もともと日本にはビールの歴史も文化も存在はしていない。日本酒や焼酎とは全く異なるバックグラウンドから商売をスタートしなければならないのだ。飲んで実感できる特長ある商品を作るだけでなく、最適な流通を切り開き、適切な規模と内容でのプロモーションも必要だ。
大手の”ドライな”画一的なビールではなく、本当においしいビールを求める消費者は決して少なくない。現にデパートのベルギービールフェアなどはかなりの賑わいだ。その消費者とおいしいビールとを結びつけるための試みはさまざまな形で行われているし、ブームを通過して残っているマイクロブリュワリーもまた、多くの経営努力を重ねているに違いない。すでに地ビールという規模ではないだろうが、銀河高原ビールなどはスーパーやコンビニエンスストアでの定番品ともなりつつある。
私たちが本当に好みのビールを選べるように、こうした努力がより一層の大きな成果に結びつくよう、応援しつつ乾杯したい。

 ビールの力
 青井博幸 著
 洋泉社 新書y

Posted by dmate at 2004年07月01日 23:31 | TrackBack
Comments

いつも読みごたえのある文章を楽しく拝読させて頂いております。

僕もアメリカに来た当初は、バドワイザーを初めとするライトビールを中心に飲んでいましたが、最近は個性的なビールに目覚め、いつも新しい銘柄を試したりしています。たまに不味いと思うビールがあるのも、アメリカのビールは味に幅があるという事実の裏返しでしょう。

日本のビールの味が”画一的”であるのは、ビール会社・政府の責も大きいと思いますが、横並びを好む日本人の国民性も影響しているのかも知れませんね。

ただ、僕自身日本にいる時は「同じような味で安い発泡酒で十分」と思っていたクチなので、地道に良さを訴えファンを獲得しながら、きちんと差別化が図れれば、ビジネスになると思うのです。僕も応援しつつ乾杯します!

Posted by: kntmr at 2004年07月02日 10:53

コメントをありがとうございます。
このところ、文章が長くなりがちで、しかもちょっと説教っぽくなっているんじゃないかと反省しているところです。

ビールに限らず、さまざまな味のお酒が楽しめることは、すごく豊かなことなんだと思います。
日本酒、ワイン、焼酎と日本人は新しいお酒の楽しみ方を見つけていますから、ビールももうすぐ、と楽しみにしています。

EURO2004は、ブドワイゼ対ハイネケンのビール対決を楽しみにしていたのですが、オランダ負けちゃいましたね。相変わらず勝ちきれないチームですね、オランダは。あのプレースタイル好きなんですけど。

Posted by: dmate at 2004年07月02日 22:30

日本人として、アメリカに住んでいても、日本酒や焼酎を追い求めてます(笑)
なかなか入手できないんですが、大都市に行くといつも酒を買っています。

オランダのプレイスタイルは僕も大好きです。0-0より点を取りあって負けた方が
良いというオランダのスタイルは、日本人の魂に響くものがあります。
EURO2000/2004、WC2002と優勝候補の一角ではあったんですが・・・

Posted by: kntmr at 2004年07月12日 15:49
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