2004年06月08日

新規事業に関わる人々へのエールとして〜「技術経営の考え方」

私のアンテナが錆び付いてきたのか、最近流行語に気付くのが遅くなった。”あれ、ずいぶん流行ってるなあ”と思った頃には書店の店頭に何十冊もの関連書が並んでいるというありさまだ。キーワードでいうと”経験価値”などもそうで、ちょっと後回しにしているとあっという間に流行してあっという間に消えてしまう。技術経営=MOTもそんな流行語のひとつだ。

流行を初期段階でキャッチできないことの問題は、その原点や基礎理論に触れる前にアプリケーションのひとつにすぎない個々の適用例を引き延ばした質の悪い解説書が氾濫してしまい、書店で選ぼうにも”本物”にあたる確率が劇的に低下してしまうことだ。試しに今書店のビジネス書コーナーに行ってみると良い、”技術経営”や”MOT”と題されたものだけで数十冊もの新刊が並んでいる。断言するが、半分以上いや70%は読む価値が極めて低い薄っぺらな本だ。流行に飛びついた寄せ集めの解説書やら、過去の類似書を探してきて表題を変えたもの、あるいはコンサルタントが営業用に書いた(アシスタントに書かせた)類似テーマではあるがどこか基本をはずしたテキストなどが大量に流れ出すのが流行の最盛期から末期にかけての状況だ。

ビジネス書を良く読む方なら、ハマー&チャンピーの「リエンジニアリング革命」をおぼえておいでだろう。ビジネスプロセスを抜本的に見直すことによって大幅なコストダウンやリードタイムの短縮、あるいはサービスの向上などを実現する手法として紹介された。
この本は大ヒットし、あっというまに流行語となって雑誌や新聞、あるいは社内の企画書に”BPR(Business Process Reengineering)”という言葉が氾濫し始め「これでわかるリエンジニアリング」だの「リエンジニアリングでコスト革命」だのといった(書名は今考えたもので、仮に同名の本があっても関係はない)安直な解説本が店頭に並ぶのに数ヶ月もかからなかったと思う。ちょうど、企業の事業構造を変革することで継続的な成長と収益確保を目指す「リストラクチャリング」が非常な従業員解雇と同義の「リストラ」に変質してしまったのと同じく、BPRもまた、さしたる戦略性もないままに現場レベルの創意工夫でコストダウンや品質向上、効率向上を実現しようとする活動を示す言葉に堕ちていった。
これを新たな概念が経営に定着する課程と見るかたもあろうが、本来の意味合いや理論を無視して字面や個別適用例を引き延ばして勝手な解釈と役割を与えることは、むしろ新たな概念からもたらされる、戦略レベルでの組織運営の舵取りに有益な気づきや思考をとどめてしまう結果しかもたらさないように思える。今のままで行けば、”MOT”もまた”商品開発のための技術部門強化手法”といったずれた意味に置き換わっていくのだろう。

さて、こうした流行の真っ盛りで本書を選んだ理由は、流行の中では比較的早く(2004年4月)出てきた本であったことと新書であったことだ。
結論からいえば、本書では技術シーズを商品化・事業化・産業化する課程での落とし穴や成功と失敗とを分かつポイントなどが、著者自身の経験してきた新規事業立ち上げの事例をふまえてわかりやすく整理されている。どちらかといえば理論よりではなく現実より、アプリケーションよりの内容ではあるが、そこには自身の手で社内外のリソースを最大限に活かして事業を成功させてきたゆえの迫力と説得力がある。
あとがきで明記されているとおり、本の成り立ちとしては著者が大学の講義で使っているノートや資料、そして講義内容を編集者が本にまとめ上げたもののようで、著者が実際にどこまで”著”者なのかは判然としない。非常に読みやすくしっかりと組み立てられた本であることは確かなので、著者自身の講義がよく考えられたものであると同時に、編集者の文章力や構成力もかなりのものなのだろう。

大企業の中での新規事業というのは、かなり成功しにくいものなのではないか。
本書にあるとおり、企業規模が大きいと新規事業にも最初から大きな売上規模が期待されることが多い。事業化決定のためにはかなりの成長可能性を示さねばならず、結果として小さな成功の上に積み上げるというよりは最初から過大な投資を伴いやすい。あるいは、担当者が少しずつ成功を重ねている一方で周囲の評価が過小になり、本書でいう事業化から産業化のステップにいたる頃には投資熱が冷めてしまっていることも少なくない。多くの新規事業が最初から重荷を背負わされて立ち上がれなかったり、投資という栄養が必要なときに放置されて成長できなかったり、といった結果に終わっているだろう。著者が悔恨するように、社内の不要人材の引き取り場として扱われることもまた、かなり一般的に行われていることではないかと思う。
ある意味で、新規事業の立ち上げとはこうした不利な条件を課されることを前提として、それでも跳ね返せるだけの熱意と意思がないとできないものかもしれない。社内起業家だからといって、決してお気楽なものではないのだ。

技術経営の流行は、こうした新規事業立ち上げの課程で経営者が犯しがちな過ちについての認識を広めるという期待感は、確かにある。しかしながら、これまでも新規事業への取組についてのビジネス書がなかったわけではないし、失敗する新規事業のパターンについても、今になってはじめて分析がなされているわけではない。今回もまた、本質はあまり変わらぬままに流行は去っていく、といったところだろう。
ただし、一時的な流行がさしたる成果をもたらさないことは、本書の価値を貶めるものではない。少なくとも新規事業に関わり、成功への情熱をもって活動している人々にとっては、過去の施工と失敗から学ぶべき点は非常に多い。また、経営トップではなくとも新規事業の担当役員や担当部門長になったときに、こうした本から簡単にでも成功のポイントをつかんでおくことは重要なことではないかと思う。
新書の役割のひとつは、コンパクトで読みやすいサイズから良き入門書となることにあると私は思う。その意味で、新規事業のマネジメントというテーマへの、本書は優れた入門書のひとつである。

 技術経営の考え方〜MOTと開発ベンチャーの現場から
 出川通 著
 光文社新書

Posted by dmate at 2004年06月08日 21:09 | TrackBack
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