2004年05月17日

ハズレをつかむのも経験のうち〜「ボスと上司」

本を買うときに、フィーリングでさっと選べるだろうか? 私はこの選択があまり得意ではない。タイトルや帯で選んだ本にはハズレが多い、というのが私の偽らざる実感だ。
本書を買ったのは出張時に立ち寄った東京駅構内の書店、「イラク建国」を手に取った後でどうも一冊だけというのが落ち着かず、かといって時間もあまりなかったので目についた中から選んだのだが見事に失敗。

新書ブームの中で、従来ならば同じ新書でももっと厚手の紙を使い、派手な装丁で売られていたであろう内容の本が新書の中にも大部混じっている。新書という器自体には特に規定はないのでやむを得ないが、岩波と中公を新書の基準に置いて読んできた者にとっては「こんなの新書じゃなくビジネスノウハウ本として出してよ」と嘆きたくなるのも事実なのだ。本書はそんなブームのおかげでこの体裁になった、安直ビジネス読み物のひとつ。

タイトルもちゃんとみればいかがわしさがわかる。サブタイトルには『「プロ」サラリーパーソン VS. 「アマ」サラリーマン』とあるのだが、不勉強ながら私は「サラリーパーソン」などという言葉を本で読んだのは初めてだ。そもそも「サラリーマン」という言葉自体が「給料をもらう勤め人」ということになるのだろうが(まあ、正しい英単語ではないので意味を考えるのも無駄なことだが)、後半を「パーソン」に変えることで生じる変化は、「給料をもらう男」が「給料をもらう男女」になるだけのことではないか。じっくりと検討すればすぐにもわかることで、やはり焦って本を買うのは良くない。
本書を読めばわかるが、著者が出会った人々の事例を挙げながら語られるのは、さして目新しいことでもなく、単なる”課長の処世術”でしかない。なんのことはない、職場に女性が進出し、成果主義の人事制度の結果として年上の部下が当たり前になった、いわば従来よりも多様性が増した職場でいかにうまく立ち回るかの安直なマニュアルなのだ。いってみればサブタイトルは正直に本書の内容を語っている。「サラリーパーソン」という言葉の選択が、昔ながらの「サラリーマン」の処世術を焼き直しただけですよ、と、ちゃんと教えてくれているのだ。

企業文化を日本型の「黒目」とアメリカ型の「青目」に唐突に切り分け、あたかも世の中にはこれらふたつのタイプが存在しているかのように論を進めるのは、こうした暇つぶし用途のビジネス本が良くやる手だ。複雑な組織や社会を根拠もなく単純化して、「あなたはこれからの○○社会に生き残れるか!」などと安っぽいアジテーションを行えば、いかにもそれらしく見えるというだけの話。著者もバカではないので、あちこちに世の中が「黒」と「青」の二つしかないわけではないと言い訳がちりばめられているものの、本文には結局二分法に基づいてこれは「アマ」の「上司」で、こちらが「プロ」の「ボス」であると都合良く並べ立てているだけ。
それらを分かつ行動原理は何か、プロフェッショナルとは何をもってそうなるのか、といった根拠は示されない。まあ、根拠があるとすれば著者の主観であろう。極端な二元論を振りかざしさえすれば、あとは事例を使いながら適当な比較論を並べ立てれば立派な新書のできあがり、というわけだ。

著者は外資系金融機関などで人事部長を経験し現在は人事コンサルティング会社を主宰する、実務ではかなり優秀なかたであろうことは疑いにくい。しかし、本書に関していえば暇つぶし以上の価値は感じられないし、私に関していえば単なる時間の浪費だった。
コンサルティング会社の営業ツールとしても使いにくいだろう、少なくとも私が人事の責任者になったとしても(まあ、人事部長にはならないとしてもプロジェクトリーダーくらいはあるだろう)、著者に相談をしようとは思わない。他の著書がどのようなものか、読んでいないので判断はできないが、なぜこんな安直で内容の薄い本を著者が書き、出版社は世の中に送り出したのだろうかという点はどうにも解せないのである。購入前で本書の評価を求めてこのエントリーを読んだなら、悪いことは言わない、その714円は他の本に使うべきだ。
筑摩書房に関しては同じ「ちくま新書」シリーズで「お姫様とジェンダー(若桑みどり著)」という、公害のような悪書を送り出した出版社でもある(私の評価は別サイトにて)。もしかすると新書編集部に、志は低いが商売気だけは十分の社員がいるのかもしれない(ちくま新書が全部ダメだなどといっているわけではなく、良い本もたくさんある。念のため)。

 ボスと上司〜「プロ」サラリーパーソン VS. 「アマ」サラリーマン
 梅森浩一 著
 ちくま新書

Posted by dmate at 2004年05月17日 20:59 | TrackBack
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