2004年04月27日

なぜ彼らはそう考えるのか?

社会経済生産性本部による2004年度の新入社員意識調査の結果が公表された。1990年から続けられているアンケートで、同本部の新入社員研修の受講者を対象に今年は741通の有効回答が得られたものだという。
Yahoo!のニュースでも取り上げられたのでご覧になった方も多いと思うが、私は「Expectant MBA PaPa's Blog」のエントリーで知った。「自分の良心に反する仕事でも指示通り行動する」という回答が過去最高の43.4%に上ったという点に驚愕し、さっそく社会経済生産性本部のサイトから公表されたアンケート結果をダウンロードした。データは要旨と回答者の属性、および集計表の3つで、いずれもPDF文書での配布だ。

要旨によると、今年の結果は次の4点に特徴があるとしているようだ。

●自分の良心に反する仕事でも、会社のため指示のとおり行動するとした割合が調査開始以来はじめて4割を超え、新入社員の倫理面での悪化傾向が伺える。
●大勢としては能力主義や業績主義を希望するなか、年齢や経験によって給料や昇格が決まることを希望する割合が増加傾向を示した。
また、残業手当がつく労働時間管理を希望する割合も増加した。
●自分のキャリアに対しては、スペシャリスト志向が2年連続して減少し、ジェネラリスト志向が6年ぶりに5割を超えた。
●就職活動を入社よりも1年以上前から始めた者が大幅に増加し、就職活動の一層の早期化が伺える。

もちろん、良心に反する行動でも会社のためなら指示通りに行動する、という回答が40%を超えていることは極めて嘆かわしい。実際難しい選択を迫られたとき、アンケートでは「できる限り避ける」と回答した者がその通りに行動できるとは限らないであろうことを考えると、新入社員の倫理観は極めて心配な状況といえそうだ。
とはいえ、これをもって新入社員の問題とだけ考えることは危険だと思う。このような回答が表面に出てくる背景には、彼らがこう回答せざるを得なかった環境があるはずだ。

上記要旨によれば、就職活動の早期化がさらに進んでいる。私も学生の方が運営しているサイトでの情報や、勤務先にインターンとしておいでになる方から、大学3年生の夏から”就活”をスタートするという話を聞いており、今の学生たちがおかれている環境の厳しさを感じていた。玄田有史氏の「ジョブ・クリエイション」や「仕事のなかの曖昧な不安」などの著書で、若者にとってやりがいある仕事への就職機会は極めて限定されつつある、という現状が描かれているのを読みもしていた。
今回公表されたアンケート結果によれば、就職活動で内定を得た企業数が「1社」という回答が65.1%と多く、「2社」を含めると87.6%にもなる。学生が何社もの内定を獲得して断る理由を探す、企業は内定者を逃がさないために旅行などで拘束といったバブル期の就職事情とは全く異なった環境に今の新入社員たちはいる。限られた就業機会を巡る長い活動は、彼らにとっての会社での仕事、あるいは会社員としての身分の価値を大きく高めているのではないだろうか。
アンケートの中にはこんな設問がある、「若いうちならフリーアルバイターの生活を送るのも悪くない」。1998年には48.2%に達した「そう思う」という回答は、今年36.2%に減少した。2002年以降、明らかにフリーターを選択することへの肯定的な回答は減少してきている。前述の「ジョブ・クリエイション」においても、若年層における正社員選好の度合いが高いことが触れられており、”納得できない仕事に就くより、フリーターで生活しながら本当の自分を捜す”といった論調が決して納得性のある結果にはつながっていないことを示すのではないか。景気後退が長期化する中で、正社員から派遣・パート等への置き換え以上の規模で、派遣・パート等の削減が進んだ。ほとんどが判断や創造性を求められないルーティンワークにすぎないパートやアルバイトなどの仕事は、生活のため金のための労働になりがちだ(もちろん、その責任の中での創造性発揮がやりがいにつながることもあるとは理解している)。
1990年代半ば以降の一時的なフリーターの選好は、近い将来において景気が回復してやりたい仕事を選べる環境が戻るであろう、という観測に基づくものであったように私は思うが、とすれば、今の事情がそう簡単には反転しそうにないことが、広く認知された結果正社員志向が高まったのではないだろうか。

とすれば、正社員としての立場を確保し、少しでも安定した賃金を得るために、組織に対峙する時の若者の意識が保守化することは、必然といっても良いのではないだろうか。
企業による不祥事は相変わらず続いている。企業が利益を追求する存在であり、過ちを起こしやすい人間の集まりである以上、不祥事がゼロになるのは難しいだろう。大切なことは、不祥事を起こしているのは新入社員や入社数年の若者ではなく、10年20年と企業で働き続けた中堅からベテランの社員なのだ。私たちが倫理観を持って仕事をすることがまず大切で、それ抜きに若者を非難したり呆れて見せたりするのはフェアではないと私は思う。
私たちは、若者の倫理観の低下を嘆く前に、自分たちの手がどれほど汚れているか、良心に恥じない行動をしているかをまず自分自身に問いかけなければならない。
ちょうどこのエントリーの作成中に、先日トラックバックの4つのタイプに関して参照させていただいた「波多野blog」「コンプライアンスと企業活動」というエントリーが掲載された。コンプライアンスの導入が企業の柔軟性や創造性を押さえつけ、”事なかれ主義”に陥る危険を指摘した雑誌記事を紹介しているのだが、まさにこのような姿を目の当たりにするが故に、新入社員は倫理観や自己の判断基準を保留していくのである。

倫理観だけの問題ではない。年功型の賃金への選好が従来より高まったからといって、若者のチャレンジ精神が失われつつあるのではないか、という危惧を抱く前に、実力主義や成果主義による評価をしっかりと運営できなかった責が誰にあるのかを考えよう。成果主義による評価と昇格、賃金決定は完全に失敗に終わったわけではない。
事実、私の勤務先では年功ではなく、業績評価と能力評価による資格制度と、これにリンクした賃金体系がまがりなりにも運営され、定着している。決して問題がないわけではないが、目標管理制度や人材育成の体系などがたびたび手直しを受けつつ、徐々に改善されている。成果主義が失敗するのは、設定する”目標”と測定する”成果”をあまりに短期のテーマに限定したり、達成の困難度を上司が見極める努力をしていなかったり、あるいは人材育成や基礎研究など長期的なスパンでの課題構築力が企業そのものに低かったりといった問題を解決せぬままに制度だけを変革したことに求められるのではないか。
結果として、それら全ての課題を解決するよりも、われわれには年功序列を中心とした人事制度がふさわしいと判断して、各社の人事部門や経営者が成果主義的色彩を薄めるのなら問題はない。しかし、人の評価を一時の流行であれこれといじること自体が、企業という組織への不信感を招くことにもっと敏感になるべきだろう。
こうした企業の側の混迷ぶりを、早くから業界研究・企業研究を行う若者たちは敏感に感じ取っているのだと私は考える。若者の言動からチャレンジングな姿勢が消えるとすれば、それはその姿勢が企業において歓迎されない、というメッセージを企業の側が発信したからに他ならない。
若者たちに、「自分が会社を変えるくらいの気概」を期待するのは、「Expectant MBA PaPa's Blog」のkntmr氏と全く同感だ。ただ、その気概を私自身も持たなければ、若者は動いてくれないだろうと思うのだ(きっとkntmr氏としても、それは前提とされた上での議論なのだと思う)。
新入社員の意識調査結果は、彼らを迎え入れる企業の、そこで働く私たちの姿を写す鏡なのだ。

Posted by dmate at 2004年04月27日 19:29 | TrackBack
Comments

TBありがとうございます。ご指摘のように、このようなアンケートは社会・企業全体を反映した結果だと思います。特に業績主義から年功序列への回帰は、企業の評価制度が確固たる物でない事を、新入社員が敏感に察知した結果でしょう。私達先輩社員が、フェアな業績評価制度を確立することが重要であり、責任は私達にありますね。

しかし、「良心に反する仕事でも行動」の部分は、どうしても実際のトレンドとのギャップ・違和感を感じてしまいます。

昨今の不祥事発覚に伴い、企業内では倫理を今まで以上に重要視してきています。確かに大企業であれば、コンプライアンスの導入が”事なかれ主義”を促進してしまっている事はあるかも知れませんが、「良心・モラル」のみに限って言えば、「上司の言いなり」になってしまう機会は減っているでしょう。

私は今年の新入社員と接する機会はなかったですが、実際ここ数年の新入社員と接して、「良い意味でも悪い意味でも大胆に意見を発する」ようになってきていると感じていました。今回の倫理感等は「良い意味」に属する部類です。新入社員が「なんでこの会社は××なんですか?」と古い慣習をばっさり切り捨てる様に、私自身は好感を覚えていました。

上記に示したように、私の感覚だと「良心・モラル」の点だけに注目するならば、以前に比べて企業は良くなっていると感じていました。

何故この点のみ、このアンケートが社会を映し出していないのかと考えを馳せると、不況により就職活動が大変だったため、リスクを全く取りたくないと新入社員が考えるようになってきたのではと感じ、「もっと頑張れ」とエントリした次第でした。

リスクとリターンはどういう場合でもオフセットです。この場合であれば、少し極端に言うと「リスク」は職を失う事、「リターン」は仕事の遣り甲斐になると思います。自己実現に関して言えば、「就職する」ことは手段であり、「目的」ではないと思います。それぞれの夢を目指し頑張ろう!(僕ら先輩社員も含めて)とやはりエールを送りたいです。

Posted by: kntmr at 2004年04月28日 10:06

コメントありがとうございます
厳しい就職活動が、若者たちにリターンよりもリスクヘッジを選ばせているのは確かでしょうし、それが今回のような個人の倫理観を押しとどめる回答につながっているとしたら、大変なことですね。
私たち大人の責任はかなり重いと思います。
その上で彼らにエールを送るためには、大人たちがいきいきと仕事で夢を追う姿を見せることが大切だと思います。
いずれにせよ、若者がもっととんがっていられる社会でありたいものです。
今後ともよろしくお願いいたします。

Posted by: dmate at 2004年04月29日 01:01
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