大人消費といっても、歌舞伎町の話でもアダルト系サービスの話でもない。「ヌーベルブログ」での東京は日本橋に関するエントリーが着想のきっかけだ。
ここで指摘されているとおり、東京の繁華街というのは年齢層によるゾーニングがかなり曖昧だ。どこへ行ってもお年寄りから小学生までが入り交じっている印象を受ける。
渋谷や原宿あたりは比較的”子供比率”が高いようにも思うが、大人がいない訳じゃない。また銀座も大人だけの街ではないし、青山だってむしろ若者が多いくらいだ。オジサンが多い、という意味では西新宿地区など良い線を行ってはいるが、夕方以降歩いているのは圧倒的に酔っぱらいが多くなるのでとても”落ち着いた大人の街”なんて呼べる状態ではない。
とはいえ、文中で例に出てくる京都の例が特殊であって、普通の街では大人と子供が混在するのは当たり前、とも思う。名古屋の大須商店街など8歳から80歳までが共存してそれぞれ楽しんでいる。私は渋谷や原宿は嫌いだが、独特の雰囲気で老若男女が入り交じり調和している大須はけっこう好きだ。
いずれにせよ、大人(ここでは便宜的に30代以上としておこうか)と子供では購買する商品も違えば店に求める雰囲気も違う。現状では静かな店でゆったりとショッピングを楽しみたい、礼儀正しく決してなれなれしくない店員に説明を受けたい、といった要望を持っても、なかなか思い通りには行かない。外商の顧客となるほどの金持ちではなくても、30代以上の大人の中にはそれなりに購買力もあり、街や店の雰囲気を壊すことなくゆったりと楽しめる層は確実に増えていると私は思う。
消費者分析というのは結局”量”の話になりがちで、人数が多い団塊の世代や団塊ジュニアが消費を引っ張る、彼らに注目せよ、という論調になりがちだ。たしかに、コモディティについてはこれらの世代を無視してのマーケティングは不可能だ。
けれど、国内外で質の高いサービスやリゾートでの体験を積み重ねてきたのは、団塊でもジュニアでもなく、その狭間の世代だということを忘れてはならない。女性でいえば”HANAKO世代”だ(男性だとどうなるのだろうか、すぐに思いつくのは”ファーストガンダム世代”なのだが、ちょっと違う)。年齢層としては30代半ばから40代初め、会社では働き盛りの中堅層から幹部に手が届くあたりで所得が伸びている人も多いはずだ(メディアで報じられることは少ないが、全ての勤労者が所得を減らし続けているわけではない)。住宅を取得して可処分所得が減っていることも少なくないだろうが、バブル期のような無謀な住宅ローンが横行しているとも思えない。
マクロでの分析結果を見ているわけではないので、あくまで推測の域を出ないが、今消費期引き上げているのは必ずしも団塊の世代や高齢者だけではなく、仕事も私生活も充実の頂点にある30代から40代の大人たちの貢献も大きいのではないだろうか。
別に世代論に話を持っていき、団塊の世代などダメだと言い張るつもりはない。おそらく、団塊の世代の中にも同じようにある程度のゆとりを持ち、質の高い商品やサービスを求める生活者は確実に増えているはずだ。
お金と時間をもてあます60代以上の富裕層をねらったビジネスが増えているという。だが、過剰に飾り立てたサービスに反応するのは、それを評価できない顧客だと私は思う。彼らが高い金を払って満足しているならばそれはかまわないが、それこそバブル時代の成金趣味を新しいパッケージで再現しているだけにも思える。一時的にあまった金を搾り取ることはできても、彼らがお金を使い果たせば後には何も残るまい。むしろ、生活の質を確実に高めるさまざまなサービスや商品、あるいは暮らしのスタイルを、いかに確実に根付かせていけるかが将来の消費を支え続けるためには重要だ。
給与所得は全体として伸び悩んでいるが、その一方で所得の分散は広がっていくだろう。
もちろん、資産を持つ高齢者や首尾良く”逃げ切れ”そうな団塊の世代が量的に重要なのは間違いない。だが、その量だけに注目するのではなく、より広い世代にわたって散在する”将来につながる消費ベースの質的向上”を見据えたマーケティングが、求められるのではないだろうか。
それゆえ、
30歳未満禁止のカフェができたら、流行りそうな気がする。