2004年04月22日

ブランドの価値が変質したのか〜「ブランド・ビジネス」

全く自慢にならないのだが、ブランドもののバッグを見ても一体何がどう魅力的なのか全くわからない。街を歩くとほとんど数十秒おきに同じようなヴィトンのバッグを抱えた女性とすれ違うほどだが、みんなが同じものを持ち歩くのを喜ぶ心理というのを私は理解できない。中学高校のころも、規則を守りたくない不良グループ(ちょっとレトロな響きさえある言葉だが)が、判で押したように同じ服装をするのが不思議でならなかった。

そんなわけで、プラダのバッグの流行がだいぶ以前に終わっていたということも本書で初めて知ったし、ディオールがカネボウから500億円もの売上を一気に奪ったことも知らずにいた、これだけの契約を一気に失えば、経営が傾くのも無理はないと納得だ。さしたる利益にもならず他売場とのシナジーも小さいのに売場改装費用の負担を求められ、さりとて売上確保と”格”のためにブランドを切り捨てられない百貨店の苦悩なども私の全く知らない世界だった。

「ダイヤモンド・ハーバード・ビジネス・レビュー」など経営誌のブランド特集では必ずといっていいほど採り上げられるのがLVMH(モエ・ヘネシー・ルイ・ヴィトン)だ。その主力ブランドであるルイ・ヴィトンの日本法人を率いる秦氏によれば、ブランド・ビジネスの基本は”普遍の価値を持つと同時に、常に時代を感じさせるという、一件矛盾することを解決すること”にあるらしい(東洋経済「Think!」2004年春号のP.122を参照した)。
長い歴史を経て現在の地位を作り上げたブランドは、確かにその回答を見いだしたが故に、一種の神秘性をまとうに至ったのだろう。ルイ・ヴィトンやプラダ、カルティエといったファッション・ブランドに限ったことではない。私たちが親しんでいるソニー、ニコンといった企業ブランド、ヱビスビールやウォークマンなどのプロダクト・ブランドもまた、普遍的な価値とアップ・トゥ・デートな価値とを併せ持ったからこそ、長い間市場で尊敬を勝ち得ているのだ。

ブランドの力は強い。私自身も、中身は同じようなものだと頭では理解しつつも、家電製品を買うときにはソニーや東芝、ナショナルといった日本の著名企業の商品を選ぶ。カメラはニコン以外には考えられないし、レンズメーカーのレンズを使っているとちょっと引け目を感じたりする。立派なブランド信仰の持ち主というわけだ。ニコンでいえば、初期のカメラ群、殊にニコンFとニッコールレンズが実現した堅牢性と信頼性、そして高性能と行き届いたサービスがその価値を保証している。そして、同社が今でもその伝統をかたくなに守り続けているからこそ、カメラや光学機器ににおける地位は極めて高い。
一方でブランドは傷つきやすい。かつて雪印は日本でもっとも親しまれたブランドのひとつだったが、不祥事が続いて以降の姿は誰もが知っているとおりである。これほど顕著な例でなくとも、本書でも触れられているアーノルド・パーマーやピエール・カルダンなど、短期的な利益のためにライセンスの幅を広げすぎた結果、スーパーの安売り品にまでブランドを付与したことであっという間にその価値を失ったブランドも少なくない。ブランドは確固たる価値を体現するからこそ貴重なのであり、自らの価値を裏切ることは許されない。

本書の最後でも触れられているが、ブランドのもつ力や価値の本質を認識した上で、ルイ・ヴィトンの現状を見ると、実は大きな危機を迎えていることがわかる。
ブランドはその価値が認められてこそブランドだ。しかし、ヴィトンのバッグを持ち歩く女性の多くは、そのブランドがもつ思想や独自性に共感しているわけではないし、ましてや軽薄なマーケッターがいうように”本当に良いものがわかったから”選んでいるのでもない。みんながもっているから、セレブが誉めて常用しているからにすぎないのだ。世の中の”おしゃれな人たち”という派閥に属するところに価値の本質があるのだから、ヴィトンが当たり前の存在になり、徐々にその魅力が薄れてしまえばあっという間に離れて行くに違いない。
日本においてヴィトンとは魔法の力を持つブランドではすでにない、と私は思う。それは「キムタクが好き」「ディズニーランドは楽しい」といった事柄と同列の「やっぱりヴィトンだよね」という同質化の現れにすぎない。それは”おしゃれ”でも”特別”でもなく、実際にはありふれたものだ。いわば、ヴィトンはすでに従来の意味における”ブランド”ではないのだ。
今後、ヴィトンが女性たちの間にさらに根を下ろし、リニューアルを繰り返しながら成長し続ける可能性もゼロではない。だがそうなったとき、ヴィトンは自らのブランドとしての価値を保つことができるのか、はなはだ疑問だ。
日本であまりに奇っ怪な形での成長を遂げてしまったことに、一番困惑しているのはヴィトン自身なのかもしれない。

 ブランド・ビジネス
 三田村蕗子 著
 平凡社新書

Posted by dmate at 2004年04月22日 23:44 | TrackBack
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