2004年04月19日

対策は蛇足〜「上司は思いつきでものを言う」

書店店頭で本が手に取られるか否か、これは本の売れ行きに大きな影響を及ぼす。何せあれだけ多くの本や雑誌の中で興味を惹くことがなければ、どんなに素晴らしい内容であってもあっという間に消えてしまう。最近のエントリーの素材となった本の中では「なぜ安アパートに住んでポルシェに乗るのか」だったが、これは少々期待はずれだった。

今回の本もタイトルだけで購入を決めた。「上司は思いつきでものを言う」、まさにその通り。なんと甘美な響きではないか。およそ仕事をしていて、上司の思いつきのような発言に腹を立てたりアイディアをつぶされた経験を持たない者はないだろう。
上司はなぜ思いつきでものを言うのか、本書によれば話は単純だ。会社をよりよくするアイディアは現場から生まれる。「下から上へ」の流れが確保できている場合のみ、組織は前進できる。しかし、上司はすでに現場を離れており、現場とは何かについて適切な知識を持たない。
上司に新たな事業や改善案を持ち込む部下は、当然その上司よりも適切な知識を持ち、良い計画を作ることができる。意見を求められた上司は、もちろんその良さを理解できる。彼は部下のため、あるいは会社のために、建設的な意見を述べたいと思うもののその知識も能力もない。何かが言いたいが、何も言えない状況で上司は何をするか? そう、「思いつき」でくだらないことを言い始めるのだ。

さまざまな可能性を考慮しつつ組み立てた企画を上司に持ち込むとき、誰でも緊張するだろう。まさに本書にあるとおり、「自信があるが自信がない」状態だ。しかし、上述のごとくすでに現場と切り離された上司にはもとより適切な意見などは言えない。苦労を重ねた企画に対して上司が思いもよらぬ文句をつけてくるのは、彼がすでに現場の状態をふまえてものを言うことができなくなっている証拠なのだ。
会社は常に成長し続け、会社の存続自体が自己目的化する。その結果、会社が現場を収奪する構造ができあがる、それが「上司のピラミッド」であると著者は指摘する。
景気が良いときには現場に活気があるために上司の思いつきは跳ね返されるが、高度成長の終焉とともに多くの会社で現場が「やせ」た、一方で会社自身が大きくなろうとするベクトルは変わらず、結果として「思いつきでものを言う」上司がはびこることとなっているのだ。部下の企画書に対して、理解する努力もせずに「よくわからないんだよなあ」などと突き返す上司もまた、同類である。

この思考は、以前取り上げた「ピーターの法則」と類似した発想であるように思われる。「ピーターの法則」とは、階層組織では全ての人が能力に応じて昇進を繰り返し、いつかそれぞれの無能レベルに達したところで昇進が停まる、それゆえ組織は無能なもので満たされる、というものだった。本書で描かれる「思いつきでものを言う」上司もまた、無能レベルに達して職務を果たせなくなった存在であるように見える。
これに対して、部下が採るべき対抗策は二つ、「上司をバカにすることなく、上司がバカである可能性を考慮する」こと、そして思いつきに対しては「あきれる」べきだという。いたずらに争いに陥ることなく、しかし相手には明確にその非論理性への不同意を伝えること、すなわち「あきれる」ことが必要なのだと著者は言う。

しかし、前者はともかく(たしかにバカであるかもしれない読者にもわかるように文章を作成することは重要だ)、実際に「あきれて」見せたからといって上司はおとなしく自分自身の思いつきを恥じるだろうか? 私にはそんな楽観的な展望はできない。
たしかに、思いつきで下らぬ発言を繰り返す上司をまともに取り合い、対策を考えることは不毛だ。時間の無駄だ。それは毎日のように無駄な時間を上司への対策に費やしている私たちにはよくわかっていることだ。だからといって、「あきれて」不同意を示したところで状況は変わりはしないのだ。いや、むしろ悪くなるだろう。思いつきへの対策は、やはり「聞いた振りをして聞かず、直す振りをして直さぬ」ことではないだろうか。
自身が書くとおり、会社勤め経験のない著者にとっての「会社」とは、出入り業者としてつきあっている出版社だという。出版社の仕事を私は知らないが、「あきれる」ことが上司への適切な対策になるなら、そこは典型的な会社社会とはいえないように思う。それが許される社会なのだ。

「ピーターの法則」では、無能レベルに達しないように戦略的に無能を装えというのが”対策”だった。そして、本書では思いつきでものを言う上司には「あきれろ」という。
たった一冊の本にすぐに役立つ対策が書いてあると思う方がもともとおかしいのだから、このような結論を見ても別に損をしたとは思わない。ただ、それほど効果的でも適切でもない結論を無理矢理ひねり出してみせるくらいなら、対策など示さずに分析にページを割いた方がおもしろい本になったのに、と思う。

 上司は思いつきでものを言う
 橋本治 著
 集英社新書

Posted by dmate at 2004年04月19日 21:32 | TrackBack
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