読み始めて数ページ、私が最初に覚えた感情は何を隠そう「嫉妬」だ。
おそらくは全体の構成を考え、何度も書き直した序章かもしれないし、場合によっては編集者の助言もあった可能性もある。しかし、彼女の文章には言葉の紡ぎ手としてのあふれる才能があり、伝えるべき思いがあり、そして説得するための技術がある。
これだけの文章を組み立てるためには、もちろん天賦の才もあっただろう。しかし、それと同じ比重で評価されるべきは、著者がこれまでに受けてきた教育の成果だ。テーマと主張の設定、論理の組み立て、それをサポートする事例や文献などの整理と選択、そして全体をひとつのトーンでまとめて初めて”読ませる”文章はできる。著者が米国の高校で学んだスキルは、異なる立場や価値観を持つ者同士がコミュニケーションを成立させる上で欠かせないものだ。同時にそれは、権力者が自らの言動を正当化するために用いるごまかしを的確に見破る武器でもある。
こうしたスキルを10代のうちに習得できる教育の存在こそが、停滞を打ち破るイノベーターやリーダーを継続的に産み出し続ける米国社会の強さの源泉だろう。それは、他方では全ての人々に共通の教育を施すことの放棄や、結果としての大きな所得水準や教育水準の格差を是認した上で初めて成り立っているのかもしれない。この教育制度や体制の受益者の一方で、恩恵にあずかることのできない人々も多く存在するだろう。しかし、問題のない制度も、全ての人がハッピーになる社会も存在しない。私たちが考えるべきは、クラス全員が100点を取れるなどといった馬鹿げたユートピアの実現ではなく、より良い社会を作るための教育はどうあるべきか、ということだ。
アメリカ合衆国の政府も、あるいはその国民の多くも、私たち非アメリカ人から見ればアメリカ以外への認識不足と無関心、傲慢で鼻持ちならない理想の押しつけをもっていることは間違いない。彼らのユニラテラリズムがどれほど世界全体を混乱させているか、自覚はないのだろう。当然私はアメリカ合衆国を礼賛し、その教育制度や体刑を日本にそのまま持ち込めと主張するわけではない。
しかしながら、この著者の文章を読むにつけ、これだけの書き手の才能を伸ばすことができた教育には、学ぶべき点が極めて多いと思う。くわしくは本書を読んでいただきたいが、レポートの作成についてはいうに及ばず、ディベートやディスカッションの進め方など、さまざまな形態でのコミュニケーションを成立させ、前に進めるための実践的なカリキュラムが紹介されている。この教育が、世界中の多くの若者に向けて開放されている限り、私はアメリカという社会がいつか世界のありようについて健全な認識をもてるのではないかという希望を捨てることができない。
個人WEBサイトの爆発的な増大やweblogの流行によって、現代の日本人のコミュニケーション能力(もしくはその基礎となる伝達能力)の平均値は恐ろしいほどに低下していることが明らかになっている。その原因は子供たちを育てる親たちのコミュニケーション能力の不足やメディアにおける言葉の貧困、あるいは携帯電話に代表されるコミュニケーションツールの変化など複合的な要因によるものだろうが、教育によって補いうるものだと私は信じる。
ゆとり教育や学力低下といったトピックがメディアに登場する機会が、今年になって急激に減少しているように感じられるが、現場で何かが大幅に改善されたという話は聞かない。
教育問題は一過性の話題で終わらせて良いテーマでは絶対にない。現在の日本の繁栄は、幅広く基礎的な学力を習得させた教育制度によるところが大きい。とはいえ、これからの日本社会には、全員が同じように掛け算九九ができるとか、常用漢字の読み書きができるといった教育だけでは不足だ。否応なしに進むボーダーレス化の中で、自分のルーツをしっかりと保持しつつ異なる文化を受け入れ、対話し、新たな価値を作り出せる人材が必要だ。それを実現できる教育を次の世代に残すことが、私たちの義務なのだ。
さて、本書の内容についてだが、ニュースからもたらされる情報と著者自身の体験や思索から、一貫して力強く暴力によらない対話と平和への意思が伝わる。
意地の悪い読み手であれば、「で、具体策は?」と突っ込むところなのかもしれないが、私はまず重要なのは、武力行使よりも相互承認と対話による解決を強く志向する、意思だろうと思う。日本における平和運動の多くが長らく反体制活動や労働運動と結びついてきた結果、ともすれば平和を声高に叫ぶことは左翼思想の持ち主であることと同一視されがちだ。インターネットの無責任な側面は、物事を斜めに見たり、茶化して難しい問題を直視せずにやり過ごす卑怯な態度を蔓延させつつある。
だが、やり過ごしたからといって問題が解決しないのは明白だ。世界中のどこかで常に戦争が行われ、非武装の人々が殺されている世界にこれからも生きていきたいのか、自分自身に問いかける時ではないか。私は、誰も殺したくないし、殺されたくもない。
9・11ジェネレーション〜米国留学中の女子高生が学んだ「戦争」
岡崎玲子 著
集英社新書