2004年04月08日

雇用は拡大できるか〜「ジョブ・クリエイション」

若者は苦労して仕事を続けることができず、楽な方へと安易に流れてフリーターの道を選んでいる。長年真面目に務めてきた中高年が、不況のために会社から人員整理の対象とされ、悲劇が続いている...昨今の労働事情について、こんな印象を持つ人が多いのではないだろうか。実際、私もそうだった。

著者の玄田有史氏は「仕事のなかの曖昧な不安」で注目を浴びた。私も友人に勧められてこの本を読み、上述のような労働市場への認識と、現実との間には大きなギャップがあることを知った。メディアで流される情報や、街で見かける光景から作り上げたイメージが、事実を反映した者なのかどうかを確かめるのは決して容易ではない。
本書は、「仕事のなかの〜」の主張を裏付ける、1990年代の日本の雇用がどのように変化したのかをデータによって描き出した労作だ。必ずしも十分とはいえない各種の統計情報を徹底的に分析することで、著者は企業が中高年の雇用を守るために若年層の雇用を抑制したことが若者の失業率を大きく押し上げていること、したがって中高年のいわゆる”リストラ”は若年層の雇用縮減に比べれば問題としては小さいこと、正社員からパートへの置き換えは必ずしも失業拡大の原因ではないことなど、一般に”常識”とされている概念が必ずしも正しくないことを提示している。

私たちはどうしても自殺や借金苦などの悲劇につながる中高年の失業ばかりを問題にしがちで、若者の就労意識は自分たちとは違う、豊かな時代の子供たちには労働の尊さがわかっていない、などと決めつけがちだ。
しかし、企業が正社員の新規雇用を抑制した結果、若者にとっての就労機会は単純作業に近く低賃金の補助労働に大きくシフトしている。これがやりがいの喪失と転職を繰り返す就労行動につながり、若者の”私探し”がいつまでも続くことになる。思えば、大学卒業後は上場企業を中心とした名の通った企業に就職し、仕事を順番に覚えながらスキルを広げていく、という極めてシンプルな職業選択が可能だった私は、大変に恵まれた巡り合わせにあるのかもしれない。
「イタリア人の働き方」を読んだ私の妻は、「自分はイタリア人なんだ、だから東京ディズニーシーが好きなのね」などと脳天気なことをいっている(彼女もまた、比較的安定した企業にフルタイムで働く正社員だ)。しかし楽しく暮らすために働くといっても、誇りを持って働けなければ人生はつらいだろう。生きるために働くことは、我慢して働くことと動議では決してない。若年層にせよ、中高年にせよ、誇りを持てずに働かざるを得ない人々が増えているとするなら、日本の危機はこれから表面化するだろう。

本書の分析では、日本では自営業者の所得水準も90年代を通じて低下傾向にあることが示されている。新規開業の現象は経済の活力を低下させ、同時に雇用の創造力も失われている。疲弊した大企業には雇用創造力が期待できないとすれば、元気な中小企業と人材とのマッチングをどう実現するか、そして起業を増やすにはどうするかが政策の重点テーマであるべきだ。しかし、相変わらず税金はさしたる波及効果も望めず、構造変革にも逆行する土木や建築を中心とした公共投資に振り向けられている。
この状況を変えていくために、私たちはなにをなすべきか、自分自身の未来のために考えるべきなのだ。著者の真摯な態度と提言は傾聴に値する。

さて、本書はタイトルや装丁から感じられるほど、気軽に読める本とはいえない。しかし、ときおりこのようなきちんとした論文に取り組むのは、自分自身の集中力や読解力がどれほど低下しているのの試金石にもなる。
今回は見事に私自身の劣化が露見した形で、約350ページのためにon and offながら2週間もかかってしまった(その間に3冊別の本を読んでいたこともあるのだが)。これからの一生で何冊の本が読めるのかわからないが、こうした”本物”との出会いは大切にしていきたい。

 ジョブ・クリエイション
 玄田有史 著
 日本経済新聞社

Posted by dmate at 2004年04月08日 23:30 | TrackBack
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