2004年03月29日

合理的に消える市場

レンズ交換式一眼レフタイプなどの高額なデジタルカメラユーザーの間で、とあるデジタルオーディオプレーヤが大流行である。そのプレーヤは、CREATIVE社の「NOMAD MuVo2 4GB」。7cm四方より小さめで100gほどの携帯音楽プレーヤで、4GB分の内蔵メモリにMP3やWMA形式の音楽を記録して楽しむことができる。
この手の話題に敏感な方々にはもうすっかりおなじみの話題なので、今さら解説の必要もないかもしれないが、この「内蔵メモリ」がデジタルカメラでも使われるCFカードと同じ大きさのハードディスク、マイクロドライブであったのだ。分解して取り出したドライブは、対応するデジタルカメラであればとくに問題もなく使用できる。問題なのは価格だった、この4GBのマイクロドライブは単体では7万円以上のものなのに、「NOMAD MuVo2 4GB」は税込みで3万円弱。分解してカバーやプレーヤとしての基盤を捨ててしまっても、十分に元が取れるほどの価格差なのだ。これでは単体のマイクロドライブを買うのは損をした気分になってしまう。

この情報が一気に広がると、プレーヤはどの店でも売り切れ続出となった。実際どれほどの数が売れたのかわからないが(もともと生産量が少なかったための売り切れかもsれない)、少なくともデジタルカメラ関連の掲示板を大いににぎわせる話題だった。私も商品がかなり潤沢に出回り気軽に買えるようになった3月末に店頭で購入、さっそく分解を敢行した。カメラで使えなければ元に戻してプレーヤとして使えばいいと思っていたので、分解に躊躇はなかった(手持ちのカメラは対応機種なのだが、手持ちの1GBのマイクロドライブとは少々相性が悪かったのだ)。
分解して取り出す作業も、WEB上に写真入りで解説されていたのでほとんど迷うこともなく、簡単に済ませることができた。多くのユーザーがそうしているように、手持ちの1GBのものをプレーヤに装着することで、オーディオプレーヤも(容量こそ少なくなるものの)使えるようになった。これで、RAW(CCDの受光データをそのまま記録し、PC上で加工してJPEGファイルなどにする、ちょっと手がかかるが高画質の形式)で1,000枚以上の撮影ができるようになった。これでちょっとやそっとのことではメモリ不足にはなるまい。もっとも、調子に乗って撮っているとバックアップ用のハードディスクが不足しかねないが。

今回の”事件”は、価格について多くのことを教えてくれる。
ハードディスクは高密度化しても部品点数がそう変わるわけではないので、1GBだろうと4GBだろうと製造コストは大きくは変わらないであろうことは容易に理解できる。しかし、前者が2〜3万円で後者が7万円というのは、ユーザーにとっての価値(この場合は保存して持ち歩けるデータの量)が4倍も違うのだから、3倍程度の価格差は納得の行くものだ。同じ4GBの容量を持つコンパクトフラッシュカードは15万円以上もしているのだ。
しかし、同じものを(正確には仕様や性能の一部に差があるのかもしれないが)使ったオーディオプレーヤが3万円弱ということは、部品としての売値はせいぜい数千円であることを意味する。もちろん、大量に購入してユーザーサポートも自社で負担する企業向けの部材販売と、一般ユーザーへの小売とが同じ値段で引き合うわけがなく、後者は高くて当然だ。しかし、それを理解した上でも、これほどの大きな価格差を説明することはできないように思える。

私自身も、仕事の上で製造コストと消費者にわたる価格との大きな差を知っているし、そこにはかなりの場合合理的な理由があることも知っている(もちろん、極めて非合理な理由によって価格がつり上げられるケースがあることも、知っている)。
上記の価格差にはどんな合理的な理由があるだろうか? ひとつは個人への単体販売は極めて規模が小さくて不安定なものであること、もうひとつはユーザーサポートのコストをドライブの販売者が負わねばならないことだ。すなわち販売前のリスクと販売後のリスクが、この価格差を合理化できると感じられるかどうかだ。

マイクロドライブを個人が単体で購入するのは、デジタルカメラの記録用か、もしくはPDAや小型ノートPCでデータを持ち運ぶためだろう。いずれも持ち歩くことが前提の使い方であり、おそらくは振動による故障やトラブルも多いと思われる。したがって販売後のリスクは確かに大きい。
とはいえ、ハードディスクを持ち歩くということが理解できているユーザーにとっては、さして乱暴に扱わなくてもいつかは壊れるものであることが最初から折り込み済みであり、クラッシュによって失われたデータが戻らないこともまた、覚悟されている。ユーザーサポートのお世話になるのは、それが理解できていないユーザーに限られるといって良く、現状では少数だろう(店頭でも、明らかに理解できそうにないユーザーにはマイクロドライブなど勧めないだろう)。
となれば、価格差の多くの部分はこのドライブを単体で販売する事業のリスクを反映しているように思える。すなわち、たいした数は売れないことが予想されるので、高価格を設定して限界利益を高め、損益分岐点となる売上数量をできるだけ引き下げようとした結果ではないだろうか(15万円のコンパクトフラッシュカードとの競合ならば、7万円は十分に競争力のある価格でもある)。一方で、CREATIVE社は低価格を設定しないとプレーヤは売れないと判断した(他のプレーヤとの競合上、価格設定の幅は自ずと限られる)。

現実には、多くのユーザーは7万円の単体販売品には目もくれずに、3万円のオーディオプレーヤを分解してドライブを取り出すことを選んだ。
販売数量が見込めないことを反映した価格設定は、さらに販売数量を引き下げてしまったわけである。これをみると、すくなくともマイクロドライブという商品においてはドライブの単体販売には事業性がない、という判断が下っても不思議はないように思える。
私は一人のユーザーとして、自己の利益を最大化するためにオーディオプレーヤの分解を選択した。これは短期的には約4万円の利益をもたらしてくれた。しかし、この行動は企業が(たとえば今回であれば日立から供給を受けて販売しているI・Oデータ機器が)マイクロドライブの販売をやめてしまう、という結果をもたらすかもしれない。
オーディオプレーヤの製造と販売者、ドライブの販売者、両者への製品供給者、そして消費者の各プレーヤがそれぞれに合理的な判断をした結果がひとつの市場の消滅であるとするなら、荷担した一人としていささか居心地が悪いのも事実なのである。

Posted by dmate at 2004年03月29日 20:08 | TrackBack
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