この本では、戦略的に重要な顧客(Strategic Account)に対しての営業戦略として、顧客への提供価値と多層的なリレーションシップの構築と、それを支える全社的なアライメントの重要性が説かれている。その活動をSAM(Strategic Account Management)と呼ぶ。
戦略的に重要な顧客と大口顧客とが必ずしも一致していないことは、本書でも難度も強調されている。量的な購買力を背景に価格引き下げのみを求める顧客は、戦略的に重要な顧客とはいえない。彼らをSAMプログラムの対象とするのは、「暖をとるために1,000ドル紙幣を燃やすようなもの」、つまり投下資本の無駄であるとされている。
これは私達の日常の実感からも納得のできることで、大口顧客の中には卓越した問題解決力や顧客への確固たる提供価値を確立しているがゆえに、サプライヤーに対しては注文どおりの商品やサービスをよりやすく指示どおりに届けることのみを求める企業が少なくない。このような顧客に対しては、価値提供やソリューションといった営業活動ではなく、より良い財やサービスをよりやすく、という競争ルールの上で戦うしかないだろう。
SAMプログラムとは、いいかえれば「ソリューション営業」を実現する経営活動全体を指すものといえそうだ。
顧客の経営上の課題を発見し、その解決策そのものを商品化することで他社に対する差別化を実現しようとするソリューション営業は、今ではあたりまえの概念となりつつある。しかし、それが実践できているケースは決して多くない。
ひとつは、顧客毎に異なるソリューションを提供する試みは、管理上の複雑さを大幅に引き上げるがゆえに適性コストでの実現が難しいことがある。それなら、顧客の課題をいくつかのパターンに当てはめ、汎用性のあるソリューションの組み合わせによって顧客毎のカスタマイズを行えば良さそうなものだが、その基盤となるソリューションパターンの開発や顧客の求める価値の全体把握は決して容易ではなく、結局個別対応が続いてしまう。
本書が強調する、戦略上の重要顧客の範囲を最初から拡げ過ぎないこと、そしてプログラム開始の段階で顧客に過大な約束をしないことといった成功のカギは、「絵に書いた餅」「企画だおれ」に陥りがちなソリューション営業を成功させる上で、極めて重要なものだ。
SAMが営業部門や担当者の活動ではなく、全社を挙げてのアライメントを必要とするものであることは、本書が最も強調するポイントのひとつだ。
これは、SAMというものが一定の助走期間を要するものであることに起因しているといえるだろう。実際に、採り上げられているいくつかの事例においても、担当者の数カ月から1年以上にも及ぶ顧客との関係作りと顧客に関しての情報収集と分析があってこそ、有効なSAMプログラムが実現されていることがわかる。
市場に明るさがいくばくか戻り、優良企業のいくつかは過去最高の業績を上げているとはいっても、だれもが好況の波に乗って利益を享受できているわけではない。そのような幸福な時代は二度と巡ってこないかもしれない。それゆえ顧客に向けたさまざまな施策が短期的な成果を求められることはやむをえない面はある。しかし、短期的な売上向上策が必ずしも顧客との戦略的なリレーションシップ構築には結び付かないことは、本書の指摘を待つまでもなく顧客担当者の多くが感じていることだろう。
SAMという用語や概念がどこまで根付くかどうかは別として(実質的な成果に結び付けるためには、むしろ流行はしない方がいいかもしれない)、長期的な視点に立った顧客リレーションシップ構築の指向と戦略が求められているのは確かであるように思う。
重要顧客マネジメント〜「ソリューション営業」を超える7つの鍵
サリー・シャーマン/ジョセフ・スペリ/サミュエル・リース著
ルディー和子訳
ダイヤモンド社